CORONA衛星写真(1968年3月21日撮影)と重ね合わせた都市遺跡セレウキア・ピエリアの確認できる地物。

ここでセレウケイアの位置とその周辺の地形的特徴を説明しておこう‥‥セレウケイア市はこの山の南側の麓にあるのだが,都市と山の間には深い渓谷が口を開けている。市から海の方に向かっては,凹凸の多い下り坂になっていて,その周囲のほとんどは断崖や尖った岩である。市を見上げる海岸には平坦な地面があり,そこに港の交易場と外城が設けられていて,その周辺には堅固な城壁が張りめぐらされている。都市本体も同じように,その全域が頑丈な城壁によって守られ,神殿など豪華な建築物が市内の美観を引き立てている。(ポリュビオス『歴史』5-59,城江良和訳,京都大学学術出版会)

彼らが主に礼拝をし,断食していると,聖霊が,「さあ,バルナバとサウロとを選び出し,私が二人に任命しておいた仕事に当たらせなさい」と告げた。そこで,彼らは断食して祈り,二人の上に手を置き,出発させた。二人は聖霊によって送り出され,セレウキアにくだり,そこからキュプロス〔島〕に向けて船出した。(『新約聖書・使徒行伝』13-2,荒井献訳,岩波書店)

ストラボンの『地誌』によれば,セレウキア・ピエリアはアンティオキア,ラオディケアおよびアパメアと四市連合を形成した。衛星画像や現地の写真でも分かるように,深い峡谷に囲まれた山の中腹から海岸沿いの低地まで,階段状の複雑な地形の上に立地していた。シリアの首都であるアンティオキアに対し,その外港としての地位を占めていたことが使徒行伝の記述からうかがえる。CORONA衛星写真からは,扇形を呈する古代の波止場の痕跡が判読できる。


CORONA satellite photographs are available from U. S. Geological Survey, EROS Data Center, Sioux Falls, SD, USA.