チュニジア:ポエニ・ローマ遺跡調査(2009年11月13日~20日)

小方 登(京都大学名誉教授)


 ここでは,2009年11月13日〜20日に行ったチュニジアでの調査の記録を衛星画像などとともに紹介します。調査は,科学研究費プロジェクト「フェニキア・カルタゴ考古学から見た古代の東地中海」(基盤研究(A)課題番号20251007,代表者:泉拓良京都大学文学研究科教授)の一環としてなされました。調査対象はカルタゴをはじめとする,ポエニ時代にカルタゴ支配下にあったフェニキア系海港都市,そしてカルタゴによる内陸の土地経営に関連する植民都市の遺構です。

 カルタゴは,紀元前1千年紀の初めごろ,フェニキアのテュロスからの亡命者によって建設された海港都市であるとされます。フェニキア本国(今日のレバノン)と地中海西部の植民地を結ぶ交易中継地点として紀元前6世紀ごろから大いに発展し,周辺のフェニキア系海港都市を支配下に置きます。また,フェニキア系海港都市の通例とは異なり,チュニジア内陸の土地を開発し,農業経営にも力を入れるようになります。紀元前3世紀から2世紀にかけてのポエニ戦争でローマに敗れ,カルタゴは破壊されます。しかし,紀元前1世紀にはローマの属州都市として復興し,カルタゴと周辺諸都市は再び繁栄を謳歌しました。

 博物館で見ることのできる極彩色のモザイク絵画や,エル・ジェムにある壮大な円形闘技場(コロセウム)などは,ローマ時代の遺物・遺構です。それに対し,ポエニ時代の建物遺構は,実見する機会が限られますが,概して小規模で地味であり,遺物としては陶製容器のほか,石碑・石棺などが目立つようです。ボン岬半島にあるケルクアン遺跡は,ローマの影響を受けない純粋なポエニ時代の都市遺構として貴重であり,世界遺産にも登録されています。

 衛星画像などを利用してカルタゴ諸都市の立地とプランを検討するのが,私に与えられた課題ですが,フェニキア本土(レバノン)の都市国家とフェニキア系植民都市に共通する海岸沿いの海港都市という特徴は,カルタゴの都市には必ずしも当てはまらないため,一般論を再検討する必要がありそうです。衛星画像で判読できる地物は,ケルクアンを除きほとんどがローマ由来のものなので,その中からどのようにしてカルタゴ的な特徴を識別するかも課題となります。

【参考文献】

私たちも訪れたチュニスのバルドー博物館で,2015年3月に悲惨なテロ事件が発生しました。チュニジアの平和と秩序が保たれることを,心から願っています。


調査対象地域の概要を示すLANDSAT画像(ETM+:2005年5月26日撮影)。

11月13日:パリ経由でチュニス着。チュニス泊。


11月14日:この日は1日かけてカルタゴの各遺跡や博物館を見学。カルタゴは,チュニス東北の郊外にある。

 
←カルタゴ中心部《ビュルサの丘》の南斜面に残るポエニ時代の市街地遺構。通称《ハンニバル街》。
フェニキア・ポエニ世界の女神タニトのシンボルを刻んだ石碑。カルタゴ博物館。この博物館は,ビュルサの丘の頂部を占める→

 
←アントニヌス浴場の遺構。海岸沿いにあり,ローマ時代の公共都市施設である。
《ローマ人の街》と呼ばれる都市遺構。街路・街区が整然と区画されている→

 
←サランボーにあるポエニ文化の聖域《トフェト》。多数の小ぶりな石碑が並ぶ。
カルタゴの《軍港》。中心に島のある円環状をしていた。現在は漁港として使われている→

←《マゴン街》。ポエニ時代とローマ時代の遺構が重層的に検出されている。
ラ・マルガの貯水槽群→

カルタゴの立地を示す鳥瞰図(地形は高さを4倍に強調)。カルタゴは,以前は矢印状の半島だった陸地の先端やや南寄りに位置した。半島の一部は今日では陸続きになっている。チュニスからは東北東16kmほどになる。

カルタゴのCORONA衛星写真(1972年5月31日撮影)。ビュルサの丘やアントニヌス浴場の位置関係がわかる。軍港と商港はとりわけ興味深い立地と形状を呈する。カルタゴは現在チュニスの郊外住宅地となっているが,海岸線に平行・直角な格子状街路は,ローマ時代の区画を反映しているようである。

Photo available from U. S. Geological Survey


11月15日午前:ウティカの博物館と都市遺跡を見学。ウティカは現在は内陸に位置するが,かつては地中海に面していた。カルタゴに先立つフェニキア系港湾都市としての歴史をもち,その後ローマ都市としても繁栄している。

 
←アッティカ風デザインの容器。ギリシアから輸入されたものであろう。ウティカ博物館。
ポエニ風墓碑。紀元前3〜2世紀。ウティカ博物館→

←ローマ都市の街路・街区。
《滝の館》の床のタイル模様→

←《滝の館》の床のモザイク画。
《装飾柱頭の館》の入口→

 
←ローマ都市がある地盤より低い層にある,ポエニ時代のネクロポリス(共同墓地)。
ウティカが立地する台地上から,かつて海だった平野を望む→

←ウティカとカルタゴの位置関係を示す鳥瞰図。
標高で色分け→

ウティカのCORONA 衛星写真(1972年5月31日撮影)。かつては海だった低地の中に,西南から東北に向かって延びる半島状の高まりに立地することが分かる。ローマ時代の住宅地であった街区 I, II, III が,これまで重点的に発掘されており,極彩色のモザイク画が住宅跡から発見されている。

Photo available from U. S. Geological Survey


11月15日午後:チュニスのバルドー博物館を見学。

 
←ポエニ語碑文と神官像を刻んだ石板。
フェニキア・ポエニ世界の主神,バアル・ハンモン像→

 
←鼓を打つ女性の像。
船上のオデュッセウスを描いたモザイク画。ローマ時代→

11月16日:この日はボン岬半島を周回する。ナブール → ケリビア → ケルクアン → エル・ハワリアをめぐり,チュニスへ戻る。

←ナブールの遺跡。魚醤を造っていた。
ケリビアで昼食→


14時50分ケルクアン遺跡着。ケルクアンは,ポエニ戦争前後に放棄された都市遺跡で,ローマの影響を受けていない。純粋なポエニ時代の遺構が残る点で貴重であり,世界遺産にも登録されている。遺跡を見学した後,博物館へ行き,さらに郊外のネクロポリス(共同墓地)を見る。

←外壁から突き出た《北の要塞》。
円弧を描く街路→

←住居の入口にモザイクで描かれた《タニトの印》。
祭壇の遺構→

 
←スフィンクスをかたどった住居内祭壇。
女性像を刻んだ木製の棺の蓋→

 
←墓室内部の壁画。塔の形の墓標と鳥の形をした霊魂を描く。
ケルクアン近郊のネクロポリス(共同墓地)→

高解像度衛星WorldView-1によるケルクアンの画像(2009年6月4日撮影)。ボン岬半島突端近くの海沿いに立地する。ぼほ円形の外形を呈し,内部の街路も一部円弧状となっている。上のカルタゴ,ウティカと比較しても,こぢんまりとした都市だったことが判読できよう。後世のローマの影響を受けない,ポエニ時代の都市プランの特徴を知ることができる,貴重な遺跡である。

(c) DigitalGlobe / Hitachi Solutions


11月17日午前:チュニスから南方に向かう。ウドナ(古典名ウティナ)の遺跡を見学した後,ザグーアンの水道橋を見る。スースにて昼食。

 
←ウドナのカピトル神殿。
カピトル神殿から見渡す風景→

←ウドナの公共浴場跡。
ウドナの円形闘技場→

 
←円形闘技場と花。
ザグーアンの水道橋。カルタゴへ給水していた→


11月17日午後:昼食後さらに南下し,ラムタの遺跡と博物館を見学。ラムタは古典名をレプティスといい,リビアの有名な都市遺跡,レプティス・マグナと区別するため,レプティス・ミノル(小レプティス)と呼ばれた。スースのホテルに宿泊。

 
←ラムタの遺跡にある草むしたモザイク画。
テラコッタのマスク→

 
←サトゥルヌス神に奉納された石碑。
ラムタの岸辺にある喫茶店でお茶→


11月18日午前:スースからさらに南に向かい,エル・ジェム(古典名:テュスドルス)へ。ここで都市遺跡に併設された博物館を見学したが,ここでのモザイク画のコレクションは質量ともに驚嘆すべきものであった。また当地の円形闘技場は巨大で保存状態もよく,ローマのものなどに次ぎ,世界で三番目の大きさであるという。

←エル・ジェムの町に入ると,遠方に巨大な円形闘技場がそびえているのが見える。
子供のディオニュソス神を描いたモザイク画→

←ディオニュソス神を描いたモザイク画。
時の神アイオーンと神々を描いたモザイク画→

 
←住居跡。エル・ジェムの都市遺跡は博物館に隣接している。
住居の玄関から奥を見通したところ。手前が街路→

 
←エル・ジェムの円形闘技場(コロセウム)。
円形闘技場の内側から見上げる客席部分→

 
←円形闘技場の内部構造。
円形闘技場は観光スポットなので,こんな土産物屋も→


11月18日午後:チュブルボ・マジュス遺跡を見学。チュニスに戻り,宿泊する。

←チュブルボ・マジュスの町並み。住居の壁の構造がわかる。
メルクリウス神殿→

 
←チュブルボ・マジュスの市場。
バアラト神殿→

←カピトル神殿遠望。背後にはオリーブ園が広がる。
チュブルボ・マジュスの町並み。街路・住居跡→

 
←カエレスティス神域への入口。
夕陽に照らされるカピトル神殿。→


11月19日:早朝チュニスを発ち,パリ経由で関西空港へ。20日午前,関空着。


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